2020-09-28

札幌在住グラフィックデザイナーに聞く、「札幌でデザインすること」の意味(前編)

MAIN_前編

働き方の多様化や、新型コロナウイルスの影響により進んだリモートワーク化によって、働く場所がもたらす価値について考える機会が増えたように思います。筆者は札幌市立大学にてデザインを学んでいる学生で、現在就職活動中。このまま札幌で仕事を探すのか、それとも東京を経験すべきなのか、はたまた全く知らない土地に飛び込むのが吉なのか?と思い悩んでいます。

そこで、札幌にてグラフィックデザイナーとして活躍されている川尻竜一さん(デザ院株式会社/写真左)と新林七也さん(AMAYADORI/写真右)に、AMAYADORIさんのオフィスをお借りして「札幌でデザインすること」についてお話を伺いました。

本記事は前編となります。ぜひ後編もあわせてご覧ください。

川尻竜一(かわじり・りゅういち) | グラフィックデザイナー。1982年北海道留萌市生まれ、札幌在住。デザインプロダクション「デザ院株式会社」に所属し、広告などのアートディレクションおよびデザインを手がけるほか、自身の平面図画作品も制作。2017年より、大阪にてグループ展「発展」に参加。2020年、初の個展「果報」を開催。受賞歴に、札幌ADC グランプリ、札幌ADC 新人賞、札幌ADC 6部門 金賞、札幌ADC 審査員チョイス賞、GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 仲條正義 This One! 選出、東京TDC賞 入選、世界ポスタートリエンナーレトヤマ 入選、イデオグラフィア ポズナン国際グラフィックデザイン祭 入選、台湾国際グラフィックデザインアワード 入選 ほか多数。JAGDA会員。札幌ADC会員。自身の作品販売の場としてオンラインショップ「ストア図」を運営。

新林七也(しんばやし・ななや) | グラフィックデザイナー。1995年北海道美唄市生まれ。2016年デザインプロダクション「AMAYADORI」に入社。パッケージ、VI、広告などの紙媒体を中心に制作をしている。受賞歴に、札幌ADC 準グランプリ/新人賞/部門賞/審査員チョイス賞、GRAPHIC DESIGN IN JAPAN 入選、東京TDC賞 入選、GoldenBee入選、ショーモンポスターフェスティバル入選、北海道のおいしいつながりパッケージデザイン展 グランプリ など。JAGDA会員。札幌ADC会員。

STANDING_前編

行くあてがゼロになって。

―はじめに、お二人がグラフィックデザイナーを目指したきっかけを教えてください。

川尻:札幌に来ると、「かっこいい!」と目につくものがたくさんありました。街のいたるところに設置されたフライヤーもそのひとつです。当然、地元である留萌(るもい)にもこういったものは存在していたはずなんですが、デザインされたものとして目に映らなかったんでしょうね。フライヤーって、気に入ったものを気軽に持って帰れるのが良いところで、収集しては部屋の壁紙が見えなくなるほどたくさん貼りました。それらを眺めながら、「これを作った人がいる」ということを意識するようになり、グラフィックデザイナーという職業への興味がじわじわと湧いてきました。

新林:電信柱に貼る海外の反戦ポスターを見たときです。銃身がものすごく長い銃を持っている兵士の写真があって、柱を一周して銃口が兵士の後頭部に向いているという。作業としては銃口を伸ばしただけなのに、ちょっとしたアイデアでこんなにも大きく人の心を動かすものを作れるんだなと思ったのがきっかけです。

―そのポスターはデザインのことを調べている時に見つけたんですか?

新林:中学生の頃にたまたま見つけたものです。昔「世界まる見え!テレビ特捜部」でやっていた海外の面白いCM特集とかが好きだったので、そういったものを調べているときに目に入ったのかなと思います。

絵も上手くないし、当時は野球少年だったのもあって、卒業アルバムの将来の夢を書く欄にグラフィックデザイナーと書くのが少し照れ臭く「ポスターとか広告をつくる人」と書きました(笑)。 高校も、Illustratorの授業があることを理由に決めました。

川尻:さすが新林くん。その頃から考えていることがずいぶんと具体的で驚くよ(笑)。

―川尻さんは、進学を機に札幌に来られたのがきっかけですか?

川尻:そうです。実家が看板屋のためか、ぼんやりとデザインのようなものには興味を持っていましたが、具体的な職業まではイメージできておらず、とりあえず「デザイン」というワードが入った学科のある大学に進学してみようと(笑)。

実家のテレビでよく観ていたステーションID*などの影響で、3DCG的な表現とか動くグラフィックを作ってみたいとも思っていましたが、札幌に来てからは紙ものなど平面的なグラフィックへの興味がぐんぐん強くなって大学を中退、デザイン専門学校に入り直すという(笑)。

*ステーションID:SPACE SHOWER TVの番組間に放送される、ステーション(放送局)のアイデンティティやメッセージを伝えるスポット映像。

―お二人とも印刷物がグラフィックデザインの原体験になっているということですね。就職時には札幌以外の選択肢はありましたか?

新林:僕はなかったです。専門学校の授業の一環で、札幌のデザイン制作会社にインターンに行った際に、現在の会社を紹介していただきました。面接してもらい運良くそのままアルバイトとして試用期間に入ったので、入社までの期間は採用してもらえるよう目の前の仕事に必死で取り組んでいました。

川尻:同じく、僕もなかったですね。先ほどのフライヤー収集の話と繋がりますが、気に入ったものの多くが特定のデザイナーによるものだということに辿り着くわけです。それからはもうただただ「その人みたいになりたい!」と入れ込み、その方が代表をされているデザインプロダクションで働きたいとだけ考えていました。門を叩き、専門学校の卒業制作期間中にはインターンシップ生として卒業を迎えるまでお世話になりましたが、就職となるとそう簡単にはいかないもので…。

―そのデザインプロダクションは札幌にあったんですか?

川尻:そうなんです。だから東京への関心なんて全くないという(笑)。 そのくらいに視野は狭かったです。それで行くあてがゼロになりました。この時点で大学と専門学校、合わせて5年間も学生をしてしまっていたので、やっぱり焦りもありますよね。就職浪人という気分にはなれず、専門学校から紹介のあった印刷会社の面接へと素直に向かったわけです。運良くグラフィックデザイナーとして採用となり、制作室に勤務することになりました。

―その後、どういった経緯で現在の会社に入社されたんですか?

川尻:入社から2年半ほど経ったとき、業務内容縮小のため制作室が無くなることになって、同僚のデザイナーたちとともに解雇されてしまうんですよ。これからどうすればよいものか…と母校である専門学校に駆け込むと、偶然にもワビサビ*が所属するデザインプロダクションからの募集があったんです。今度も運良く採用となり、数年後にはワビさんが立ち上げた現在の会社に入社することになりました。でも、それまではワビサビの存在さえ全く知らないくらい、札幌のデザイン業界のことに無知だったんです。

*ワビサビ:工藤“ワビ”良平と中西“サビ”一志によって結成されたデザインコンビ。札幌を拠点にアドバタイジングから、グラフィックデザイン、オブジェ、映像、ファッション、インテリアまで多方面での制作を行っている。クライアントワークのみならず、カードゲーム「{CROW&TRUSH}」(SADC2004 グランプリ)や、ジェネラルグラフィック「エアボンサイ」(2012 JAGDA賞)、オリジナルフォント「hormone」(SADC2005 準グランプリ)の制作など、独創性の高い制作物でも評価を受けている。http://www.deza-in.jp/wabisabi_plofile.html

―現在のようにたくさんの情報が入ってくるような機会は少なかったのでしょうか?

川尻:インターネットはすでに身近なものになっていましたが、SNSは今ほど広く普及していませんでした。いま思うと、そういった情報を得るためにはそれなりの積極性が必要だったのでしょうね。広くアンテナを張れていなかった当時の僕が一生懸命に検索窓に入力していたワードは、極めてバリエーションに乏しいものだったように思います。

INTERVIEW_K

必要なのは「かっこいい存在」。

―その後札幌にてデザイナーとして活躍するかたわら、お二人とも札幌アートディレクターズクラブ*(以下SADC)に所属されています。SADCについてのお話も伺いたいです。

*札幌アートディレクターズクラブ:札幌を含む北海道のクリエイティブシーン活性化のため、様々なジャンルのクリエイターによって構成される団体。地方ADCとしては富山に次いで2001年に誕生。http://www.sapporo-adc.com

川尻:いまでこそ運営委員を務めさせていただいているのですが、当初はなんとなくアンチな姿勢でいたんです。でも本当はどういうものか全然知らなかっただけなんですよね。食わず嫌いみたいなもので。というわけで最初は嫌々でしたが、ワビさんやサビさん、デザイナーの先輩方の勧めで出品してみることになりました。

いざ参加してみると、審査会の独特な空気感はすごく刺激的なものでした。その時の興奮の中にデザインの楽しさや面白さを感じたことを覚えています。それから徐々にSADCがあることの意義や大切さに気がついていきました。

新林:そうなんですね。

川尻:SADCの審査会を行うには、社会人や学生のボランティアによる協力が必要不可欠なのですが、そのような機会に学生のうちから積極的に飛び込んでいける人をすごく尊敬しています。当時の自分にはできなかったり、しなかったことなので。早い段階でその場の空気を吸ったり、気になるデザイナーなんかを見つけることができれば、「もっと知りたい」とか「自分もやってみたい」とか、そのあとの行動も自然と変わっていくんじゃないかなと思うんです。

まずは僕らがやっていることをかっこいいと思ってもらうためにも、SADCなどの地方ADCと言われるような機会は打って付けのように思います。審査会は一般公開していますので。だからこそ目標とされるような人がどんどん出てくる場であると良いなと思います。自分ももっとがんばらなきゃと思えますし。

川尻さんが制作した「発展」チラシ。大阪で行われたグループ展の配布物。SADC2019 グランプリ受賞作品。

―それに関しては、今後の札幌に必要な変化というか。

川尻:そうですね。必要なのはやっぱり「かっこいい存在」だと思います。僕が「あの人みたいになりたい!」と強く思えたような、憧れの的ですよね。そうなるためにはどうしても分かりやすい首都圏での活躍や評価が重要視される傾向を感じますが、その点だけでなく、地域ごとにしっかりとデザイナーにスポットを当てることで「かっこいい存在」として浮かび上がらせることもできるように思います。そうすることでデザインの巧さだけではなく、存在としてかっこいい人がもっと見つかるようになっていってくれると、札幌のデザインシーンがより面白くなる気がします。

新林:自分含め若い方が色々なデザインの仕事や作品に携わり、積極的に発表する機会が増えていくと、ゆくゆくは札幌のデザインが活性化してより楽しくなっていくのかなという気がします。そういう意味では、自分自身ももっとたくさん作って人に見てもらわなきゃと思います。

―新林さんはSADC2019で新人賞・準グランプリを受賞されています。その際、受賞の確信などはありましたか?

新林:まったくありませんでした。新人賞は大きな部屋の床に出品者の作品をバーッと並べて審査するんですが、(新人賞の)審査は終盤にあり、すでに部門で受賞されている作品も出ていたりして不安でした。準グランプリに選んでいただいたポスターも、部門では銅賞だったので正直驚きが大きかったですが、審査員の方から「1日審査をしているうちにじわじわ良く見えてくることもある」とおっしゃっていただけたのは嬉しかったです。

純粋な自主制作作品は誰かのOKをもらって出来上がるわけでもないから、審査での評価が初めてのリアクションだったりもしたので。

LOOP
新林さんが制作したポスター「 LOOP」。名画をラインで表現したシリーズ作品。SADC2019 準グランプリ受賞作品。
佐藤理容院
新林さんが制作した佐藤理容院のロゴ。SADC2019 会員審査賞受賞作品。

―あまり認知されていない状態で出品されたということですね。

新林:そうですね。だから審査員の方が見た時にどう感じるのかなとワクワクする反面、とても緊張しました。それらを含めて「いいね」って言ってもらえたのはすごく嬉しかったです。別に自主制作のポスターは作らなくてもいいっちゃいいんですけど、どんな風に評価されるのか試してみたい、と思って毎年何かしら作って出しています。個人的には審査してもらうこと自体が作品作りのきっかけにもなったりするので、SADCがあって良かったなと思います。

川尻:うんうん。それすごくわかる。新型コロナウィルスの影響で2020年度は残念ながら中止となってしまいましたが、SADCでは年に一度の審査会が行われるんです。出品できる作品は1年以内に制作されたものというルールがあるので、自主制作などの場合は審査会のタイミングを自分の中での制作期限として考えることもできるのかなと思います。自主制作って、自由度が高い反面クライアントワークよりも完成させるのが難しく感じることもありますから。締め切りのようなものがないとだらだらと続けてしまったり、そのうち飽きてしまったり。結局、落書きみたいな状態のままのファイルだけが残るわけです(笑)。

やっぱり年に一度でもこういった発表の場があるというのは、デザインやものづくりをする点ではありがたいですよね。

―SADCの存在が、札幌に居る意義の一つになっているというか。

川尻:大事な部分かもしれません。SADCの審査会があるのとないのとでは、1年の過ごし方も全然違ってくる気がします。

新林:作ったものを、仕事もそれ以外でも第一線で活躍されている方にまとめて見てもらえて、審査してもらえたり講評をいただけたりする機会があるのはすごくいいなと思います。自主制作を出せないコンペもあるので。

川尻:審査会の方向性も、審査員の考え方も様々だもんね。

新林:はい。SADCではそういった自由度が高いので頑張りやすいし、若い世代も出品しやすいのかなと思います。

川尻:確かに若い頃って、クライアントワークを出品できる機会はあまり多くなかったかも。だけど自主制作ならクライアントがいなくてもどんどん作品づくりができるよね。

―SADCは自主制作に対して寛容なんですか?

川尻:受賞作品が自主制作というのも珍しくない印象です。そういった空気みたいなものが、日々のひとつひとつの仕事にも何らかの良い影響を及ぼしているのではないかと信じていますけどね。

―札幌のデザインシーンは若い方達を迎え入れる文化にあるのでしょうか。

新林:学生でも「デザイナーになりたい」という意志があれば、活躍されているデザイナーの方達と近い距離で話しやすい環境だと思います。東京や他地域もそうかもしれませんが、学生や若者には特に歩み寄ってくれる印象があるというか。

時間をとって作品をちゃんと見て親身にアドバイスをくれる方も多いし、デザインのイベントやSADCの審査会などデザイナーに会う機会が多くあるのも札幌の特色かなと思います。それでもっと若い人達が増えたらいいなという全体の雰囲気も感じます。

川尻:そうだね。SADCでは20代の会員の年会費を半額にしていたりと、若い人達を歓迎していますから。デザイン業界って、新人賞に応募できる年齢の上限が35歳だったり、40歳だったりするんです。ご高齢であっても現役バリバリで、第一線でご活躍されている方も少なくありません。

デザインって本当に奥が深すぎて、分かってくるまでにずいぶんと時間がかかったりとすごく難しいんですけど、若い人達の何かに囚われていない自由なデザインにハッとさせられるというのも楽しいなと思っています。

―外から見ていてなのですが、札幌では誰かひとりが評価され続けるということはなく、毎年移り変わっていくような印象を持っていました。

新林:たしかに何度も受賞されている方はいらっしゃいますけど、1人や2人というわけではないですよね。

川尻:地方ADCとしては会員数が多いというのも理由のひとつかもしれませんね。また、SADCの審査会では、道外からの招待審査員に加え、前年度のグランプリ、準グランプリの受賞者が翌年の審査員を務めることになっています。なので審査会ごとに審査基準もがらりと変わっていくのが面白いです。そういった面でも色々な才能にスポットが当たりやすい環境にあるように思います。

後編に続く)

インタビュー/文/写真 札幌市立大学 デザイン学部デザイン学科 4年 三上隼人

関連記事